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原状回復をめぐるトラブル|特に特約・敷金との関連で - 札幌の弁護士|前田尚一法律事務所

本稿は、平成16年の国土交通省「原状回復をめぐるトラブルとガイドライン」の改訂当時を背景とするものです。

札幌弁護士.com  前田尚一法律事務所がお届けする『知っ得法律情報』-vol.55-

原状回復をめぐるトラブル|特に特約・敷金との関連で

 

*なお,「現状回復」という表現もままみられますが,法律用語としては,誤りで,「原状回復」が正しい使い方です。

視点

(1) 自然損耗等(自然損耗及び通常の使用による損耗)による原状回復費用は誰が負担すべきか。
(2) 賃料に自然損耗等に対する対価が含まれているのか。
(3) 特約で,賃料とは別に,賃借人に自然損耗等による原状回復費用を負担させることができるか。

【賃借人に特別の負担を課す特約の要件】
  ① 特約の必要性があり,かつ,暴利的でないなどの客観的,合理的理由が存在すること
  ② 賃借人が特約によって通常の原状回復義務を超えた修繕等の義務を負うこについて認識していること
  ③ 賃借人が特約による義務負担の意思表示をしていること (国土交通省「原状回復をめぐるトラブルとガイドライン」(平成16年2月)より)

 

国土交通省「原状回復をめぐるトラブルとガイドライン」の改訂

 (平成16年2月←平成10年3月) http://www.mlit.go.jp/kisha/kisha04/07/070210_.html      http://www.mlit.go.jp/jutakukentiku/house/torikumi/kaihukugaidokai.pdf  

* 判例の考え方との関係  
 近時の裁判例や取引等の実務を考慮のうえまとめられたものであり,判例の考え方をベースにしており,「原状回復にかかる判例の動向」という章を設け,
 ① 退去後に賃貸人が行った修繕の対象となった損耗が,賃借物の通常の使用により生ずる損耗を超えるものかどうか,
 ② 損耗が通常の使用によって生ずる程度を越えない場合であっても,特約により賃借人が修繕義務・原状回復義務を負うか否か を主な争点とする事例として21の裁判例を紹介。
東京都「賃貸住宅トラブル防止ガイドライン」(平成16年9月)      http://www.toshiseibi2.metro.tokyo.jp/tintai/310-6-jyuutaku.pdf

 

消費者契約法

 

(平成12年5月12日成立 平成13年4月1日施行)
 * 消費者契約法10条 (消費者の利益を一方的に害する条項の無効)
第10条 民法,商法その他の法律の公の秩序に関しない規定の適用による場合に比し,消費者の権利を制限し,又は消費者の義務を加重する消費者契約の条項であって,民法第1条第2項に規定する基本原則に反して消費者の利益を一方的に害するものは,無効とする。
民法第1条     ② 権利ノ行使及ヒ義務ノ履行ハ信義従ヒ誠実ニ之ヲ為スコトヲ要ス

裁 判 例

(1) 最高裁昭和48年2月2日判決 「賃貸借契約終了後明渡義務履行までに生ずる賃料相当額の損害債権,その他賃貸借契約により賃貸人が賃借人に対して取得する一切の債権を担保するものであり,敷金返還請求権は,賃貸借終了後明渡完了の時において,それまで生じた右被担保債権を控除し,なお残額がある場合に,その残額につき具体的に発生するものと解すべきである。」

 

(2) 最高裁昭和43年1月25日判決 「原判示の事実関係のもとにおいては,所論賃貸借契約書中に記載された『入居後の大小修繕は賃借人がする』旨の条項は,単に賃貸人たる上告人が民法606条1項所定の修繕義務を負わないとの趣旨であつたのにすぎず,賃借人たる被上告人が右家屋の使用中に生ずる一切の汚損,破損個所を自己の費用で修繕し,右家屋を賃借当初と同一状態で維持すべき義務があるとの趣旨ではないと解するのが相当であるとした原判決の判断は,正当である。」

 

(3) 東京地裁平成12年12月18日  契約書において赤文字で「賃借人は,本件建物を明渡す時は,畳表の取替え,襖の張替え,クロスの張替え,クリーニングの費用を負担する」という旨の特約は,公序良俗に違反せず有効であると判断した事例

 

(4) 神戸地裁平成14年6月14日 「一般に,建物賃貸借契約において,敷金ないし保証金の一部を敷引金として,その使途及び性質を明示することなく賃貸人が取得する旨を定めるいわゆる敷引約定はしばしばみられるところである。そして,それら敷引約定は,一般的には,賃貸借契約成立の謝礼,賃料の実質的な先払い,契約更新時の更新料,建物の自然損耗による修繕に必要な費用,新規賃借人の募集に要する費用や新規賃借人入居までの空室損料等さまざまな性質を有するものにつき,渾然一体のものとして,一定額の金員を賃貸人に帰属させることをあらかじめ合意したものと解されるところ,それら敷引約定はそれなりの合理性を有するものと認められるから,その金額が著しく高額であって暴利行為に当たるなどの特段の事情のない限りは,その合意は有効である。」

 

(5) 大阪高裁平成15年11月21日判決  (判旨)
・ 本件賃貸借契約17条1項は,「賃借人は,次の各号に該当するときは,直ちにこれを原状に回復しなければならない。ただし,貸借人の責に帰することができないと賃貸人が認めた場合は,この限りではない。」としていて,賃借人の責に帰することのできない損耗を賃貸人の負担とする趣旨と解される。
・ これに対し,区分表「退去跡補修費等負担基準」の内容は,通常の使用による損耗か否かを明示的には区別しておらず,かえって,生活することによる変色・汚損・破損と認められるものが退去者(賃借人)負担とされており,その限度で本件賃貸借契約本文と齟齬するといわざるを得ない。
・ 本件賃貸借契約17条1項とは異なる本件特約の趣旨を理解し,自由な意思に基づいてこれに同意したと認めることはできない。

 

(6) 京都地裁平成16年3月16日判決:田中義則裁判官
 * 賃貸借契約書の中に,「原状回復費用は家賃に含まれないものとする。」と定められていた事案
 * 被告の主張(一部抜粋)
  ・ 賃借人は前賃借人の費用により原状回復された状態で入居し,退去時に入居時と同じ状態に戻す内容であり,賃借人に快適さを与え,賃貸人にとっては賃借人確保・負担軽減に繋がり,賃貸借関係を円滑にする  
  ・ 賃借人は前賃借人により原状回復された建物に入居して利益を得ながら原状回復費用を負担しないまま退去できるとすれば,賃貸人は自己の費用で原状回復しなければならず,その結果,賃貸人は賃料を上げざるを得なくなり,無用な賃料の上昇を招く。
  ・ 本件原状回復特約の内容は明確で理解も容易であるうえ,原状回復費用の単価等は詳細・具体的に定められており,原告はこれを読み,説明を受けて承諾していた。
 (判旨)
  ・ 消費者契約法の施行後に締結された契約更新合意により存続期間の満了により終了した従前の賃貸借契約と同一条件の賃貸借契約が成立する場合に,従前の賃貸借契約が消費者契約法の施行以前に締結されたものであっても,更新後の賃貸借契約には同法の適用がある。
  ・ 自然損耗部分について賃借人に原状回復義務を負担させる特約は,契約締結にあたっての情報力及び交渉力に劣る賃借人の利益を一方的に害するものといえ,消費者契約法第10条により無効である。

 

(7) 京都地裁平成16年6月11日判決:福井美枝裁判官  
 * 賃貸借契約書の中に,復元基準表(基準料金も記載)も添付されていた事案  (判旨)
  ・ 消費者契約法の施行前に締結され,施行後に更新されて従前の賃貸借契約と同一条件の賃貸借契約が成立する場合,更新後の賃貸借契約には消費者契約法の適用がある。
  ・ 貸借期間中の経年劣化による減価分は,賃貸人の負担に帰すべきものであって貸借人が負担すべき理由はないし,賃貸借契約で予定されている通常の利用により賃借目的物の価値が低下した場合は,賃貸借の本来の対価というべきものであって,その減価を賃料以外の方法で賃借人に負担させることはできない。
  ・ 自然損耗部分について賃借人に原状回復義務を負担させる特約は,原状回復義務の発生要件及びその具体的内容について客観性,公平性及び明確性を欠く点において,信義則に反する程度に消費者の利益を一方的に害するものと認められ,消費者契約法第10条により無効である。

 

(8) 裁判例に対する弁護士の評価  

ア 敷金問題研究会共同代表増田尚氏(弁護士) 「・・・一部に見られる『契約自由の原則』が事業者の圧倒的に優位な力関係のもとではフィクションにすぎないことを正しくとらえ,不公正な契約条項の押しつけを是正するという消費者契約法の理念に沿ったものといえるでしょう。今後,賃貸住宅市場における公正な契約を実現するためにも,自然損耗の修繕費用を賃借人に負担させる特約は許されないとの流れを定着させる必要があり,・・・極めて重要な意義を持つものと考えられます。」

イ 北海道新聞(道新)2004/3/28(朝刊)に掲載された私の見解 「不動産に詳しい札幌の前田尚一弁護士は,『消費者を最大限保護する考えに立った判断で,少なからず見受けられた家主の横暴に対する警告になる』としながらも,『消費者契約法10条は抽象的な表現の規定で,今回の判決のような解釈が当然に導かれるかは疑問』と指摘。『契約書に不利な条項があっても退出時に保護されると思い込むのは危険。自己責任も問われる時代である以上,契約内容が納得できるかきちんと検討することが不可欠』と話している。」
*上記のように「道新」に掲載されましたが,かつては,「道新」さんとは,こんなこともありました。

 

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弁護士 前田 尚一(まえだ しょういち)
前田尚一法律事務所 代表
北海道岩見沢市出身。北海道札幌北高等学校・北海道大学法学部卒。
さまざまな訴訟に取り組むとともに、顧問弁護士としては直接自分自身で常時30社を超える企業を担当しながら、弁護士として30年を超える経験、実績を積んできました。
交通事故、離婚、相続、債務整理・過払い金請求といった個人の法律問題に加え、労務・労働事件、クレーム対応、債権回収、契約書ほか企業法務全般も取り扱っています。



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