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ホテルロビー忘れ物|遺失物法|法律問題|リスクマネジメント - 札幌の弁護士|前田尚一法律事務所

札幌弁護士.com  前田尚一法律事務所がお届けする『知っ得法律情報』-vol.82-

200万円を支払えという裁判を起こされた

大多数の方々は,自分が『法律問題』に関わるなどとは考えていない。しかし,『法律問題』は,貴方の都合も聞かず,ある日突然やってくる。


真面目(まじめ)が取り柄の新人ホテルマンのA君。

勤務先のホテル会社とともに,200万円を支払え!!という裁判を起こされた・・・・・・
 

今回は,新人ホテルマンA君,そして経営者であるホテル会社に,突然やってきた『法律問題』についてお話しすることにしよう。

 

■物語の経緯|ホテルマンA君・拾い主B氏・大金を置き忘れた美女

 舞台は,あるシティホテル。

 

 

 ホテルのロビーで彼女と待ち合わせをしていたB氏。彼女に待たされ,はや1時間。イライラしながらふと横を見ると,ルイヴィトンのバッグが置いたまま。
B氏は,早速,フロントにバッグを届けに行った。  

 

 担当は,今年入社のホテルマンA君。B氏の目の前でバッグを開けてみた。何と,中には札束が20束,2000万円もの大金が入っていたのである。
A君,これは大変とB氏からバッグを預かり,とりあえず備え付けの金庫に入れておいた。

 

ちょうど彼女がきたこともあり,B氏は名刺を置いて帰って行った。

 

 数分後,うら若き女性が血相を変えてフロントに現われた。A君に向かって,「2000万円入ったバッグをなくしてしまったんです。」と今にも泣かんばかり。
A君は,念のため「どんなバッグですか。」と質問。女性は,「ルイヴィトンのバッグなんです。」。どうやら女性はバッグの落とし主に間違いない。

落とし主本人に返すのであれば,何も問題はないハズ。

 

 A君は,2000万円入りのバッグをその女性に返した。女性は,本当に喜び,何度も頭を下げて帰って行った(もちろん,A君は,仕事に忠実な男であるから,これを機会に彼女の電話番号を聴いておき,デートに誘おうなどとは考えもしない。)。  
A君は仕事冥利(みょうり)に尽き,女性は喜び,  メデタシメデタシ,ハッピーエンド

と幕を閉じるかにみえた・・・が、しかし・・・・・・

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 翌日,B氏がひょっこりフロントに現れた。そして,A君に,「どうなりました?」。A君は,自慢げに,「落とし主が現れましてネ。お返ししたら,本当に喜んで下さいましたヨ。」。
 A君は一緒に喜んでもらえるものと思っていたが,さにあらず。B氏は,躊躇しながらも,こう言った。

 

「私が落とし主から頂戴するお礼は一体どうなるんでしょうか?」。


 この一言が,意気揚々であったA君をドン底に陥れた。
 
 「そういえば,昔,九州かどこかで子供が手形を拾い,謝礼が少ないと揉めて裁判になったことがあったヨナ・・・・・・。」と思い出したが,時,もはや遅し。「女性の住所と名前を聞いておけばナア・・・・・・。」と思ってみても,あとの祭。

 A君には,プライベ-トに彼女の電話番号だけでも聴いておけば良かったなどと考える余裕はもちろん,ない。

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■遺失物法 ■使用者責任

 さて,落とし物のことを法律では「遺失物」という。民法は,所定の手続を経た後,落とし主が6か月現れなかった場合は,拾った人が遺失物をもらうことができることにしている(そういえば,大貫さんというラッキーな人もいた。)。
 落とし主が現れた場合には,「遺失物法」という法律によると,拾った人は落とし主から,5%以上20%以下の「報労金」をもらえることとなっている。

 

そして,建物内で見つかった場合は,建物の占有者と報労金を折半することになっている(遺失物法には,遺失物又は報労金をもらえるためにしなければならない手続がまだまだ細かく定められているので,ご注意!! 平成19年12月10日から落とし物や忘れ物の取扱方法を定めた遺失物法が大きく変わりました! )。

 実は,B氏は,落とし主の女性から200万円から50万円の範囲で「報労金」をもらえたかもしれなかった。A君は,落とし主ではないが,ウッカリ(「過失」),B氏から「報労金」をもらう機会を奪ってしまった。弁償する金額がどの程度になるかは,裁判になったときに裁判官次第で決まることになるとしても,A君はB氏に対し,損害賠償責任を負う可能性が少なくない。

 

 そうなると,従業員の不始末の責任は雇い主も負う場合が多いから(使用者責任),ホテル会社も一緒に責任を負わされる可能性が高い。

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■企業リスクマネジメント

(ここからは,特に事業者・企業家向けの解説です。個人の方は読み飛ばしていただいても結構です。)

 ホテルは,泊まり客だけでなく多種多様の人々が出入りし,ホテル側としては,どんなに真面目にやっていても,トラブルが発生する機会が多い。そして,どんな商売でも,また,個人の生活でさえも,世の中,沢山の人と接する以上は,大なり小なりトラブルは避けられない。

 さて,『法律問題』への関わりには,実際にトラブルに巻き込まれてしまったとき,それをどのように解決するかという場面(臨床法務)と,あらかじめ起こりそうなトラブルを想定しておき,巻き込まれないためにはどうするか,という場面(予防法務)がある。
 病院に行く場合,ひいてしまった風邪を治療に行くときと,風邪をひかないように予防注射を打ちに行くときとがあるはずだ。医学と同じく,『法律』の分野にも,臨床と予防の分野がある。

 

 さらに,利益の確保,市場の確保等々これから実現させようとしていることを,最大限有利に展開するために『法律』をどう積極的に利用するのがよいか,という場面(「戦略法務」)もある。
 マラソン選手に世界記録を破らせるために,医学的にどのような身体を創りあげればよいか,そのためにはどうするかといったことを扱う分野に似ている。

 A君のように,トラブルが現実に発生してしまった場合には,ホテル側としては,“ホテルの名を汚さず”にB氏とのトラブルをどのように解決するかに焦点が絞らざるを得ない。
 そのために,解決のためのシナリオを考え,相手に対する言葉遣いまでも気にしながら,相手に対応していかなければならない。

 

 ただ,多大な労力が必要であり,時には予想外の時間とお金がかかる。そこで,人の組織である企業体であれば,労使一体となって,事前にトラブルを回避する方策を練っておくことも大切である。
 ひとたびトラブルが発生すると,会社と従業員のいずれもが当事者になりかねない。

 これを避けるためには,発生しがちなトラブルについては,あらかじめその予防対策・被害回避のためのマニュアルを用意しておかなければならないのだ(危機管理)。

 女性の名前も住所も聞かなかったA君の行動は勿論論外であるとしても,例えば,落とし物を預かったときに,上司の判断を求める場合の基準,警察に関与してもらう場合の基準等を,トラブルになってしまったときに支払わなければならない金額,会社の看板(名誉・信用),トラブルに気を使うことによる業務の面倒さなども考えて,マニュアル化しておかなければならない。

 その際,一定の簡単・低額の支出で処理できるトラブルは,深追いせずに,目をつぶらなければならない,といった冷めた眼も必要である。

 

 そして,このマニュアルの基準を守る限りは,予想外のトラブルが発生しても,社内においては担当者の責任を問わないと取り決めておく必要もある(予測可能性)。
 トラブルが発生するたびに,上司に“焼きを入れられる”というのでは,担当者はたまらない。心配のあまり,本来の業務そのものがおろそかになってしまいかねないだろう。

 マニュアルを作る意味は,まず本来の業務の遂行に支障がでない範囲でトラブルの発生を避けることにあるといっても良い。

 私が仕事柄,事件に接するたびに思うのは,『法律問題』は,“都合も聞かずに突然やってくる”ということである。ただ,よく話を聞いてみると,事前に予防できる場合も少なくない。
 その意味では,無防備な経営者と従業員は,『法律問題』担当の
悪魔に狙われているといっても過言ではない。

 

 以前,故伊丹監督の「ミンボー(民暴)の女」という映画の中で,ホテルが物を預かり,預けたいう別人に物を渡してしまいトラブルが発生するという場面があった。預けた人とその別人はグルである。こうなると,まさにホテルマンとホテル会社は悪魔に狙い打ちされたといわざるを得ない。

 経営者はもちろんであるが,従業員もまた,上司,経営者と協力して,トラブルから免れる方策をあらかじめ検討しておかなければならないことを銘記して欲しいものである。

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 ところで,企業の『法律問題』に対する取り組みということでは,アメリカ企業の現状は,別稿でご紹介した。

 

 日本でも,大企業の中には,“法務部”という相当数の人員を擁した部署を設置し,一部の企業では,弁護士をサラリーマンとして雇っている例があるが(「社内弁護士」・「インハウス・ロイヤー」),必ずしも一般的ではなく,まして,アメリカ企業が当然と考えているように,日本の企業が,訴訟対策のために毎年売上げの中から3%を捻出するなどということはできないであろうし,する気もないであろう。

 

 しかも,企業の大多数を占める中小企業(株式会社の99%以上が資本金1億円未満である。)では,ヒト・モノ・カネの制約で,『法律問題』に積極的に取り組むことができないのが現実だ。
 特に,少なくともここ10年間,中小企業が生き残るための一つの課題は,本来の意味でのリストラ(単なる人員削減ではなく企業の再構築)の遂行であり,顧客志向型を基本としながら,削減した固定費をさらに変動費化し,世の中の不透明な方向性に左右されない身軽な仕組みを創ること(「ダウンサイジング」)ができるかにあると思われる(ところで,最近「SOHO」(Small Office Home Office)という表現がはやっているが,Small is bestを前提にインターネットやパソコンとの関わりでいわば下請的企業について論じられることが多いようだ。私は,アウトソーシングを利用し“伸縮自在”を実現できる元請け的な中核の形成という観点から身軽な仕組みを考えている)。

 

 しかし,中小企業であっても,債権の回収,クレームへの対応,手形の決済といった取引上の『法律問題』が日々発生している。問題は,このような雑務を身軽な仕組みにどう盛り込むかである。
 また,中小企業のほとんどは,株式会社であっても,商法に定められた手続(株主総会の開催取締役会の開催決算内容の公告・・・・・・)を遵守しているとは言い難いのが実情だ。だから,一旦個人レベルの対立が起こると,一方がこれを盾に取って争い,その結果,企業の内部紛争に直結し,その地盤を揺るがすことにもなりかねない。
 実際,裁判所に行くと,会社事件と呼ばれるもののほとんどは中小企業の事件であり,その実態は相続問題であったり,親子対立,兄弟喧嘩,娘婿との対立,共同経営者の仲間割れであったりすることが多い。
 社長,専務等と名乗って登場してくる豪華キャストは,親・子,兄弟姉妹,娘婿,友人,先代の番頭さんといった面々である。

 

 しかも,中小企業の経営者・管理者は,実質的に企業そのものといった面もあるし,従業員とは運命共同体でもある。また,中小企業では当然には経営者のプライベートな面を切り離すことはできない場合も少なくない。

 

 そこで,中小企業の経営者・管理者は,企業をめぐる『法律問題』(「企業法務」、「経営法務」)とお付き合いすべきかを考えていかなければならない。

 

 結論から言うと,抽象的な法律の理屈を理解したり,七面倒臭い法律知識を修得したり,細かな法律手続を覚えるということは,重要ではない。そのようなことは,それを生業としている人々に任せておけばよい。
 法律のセミプロになって良いことと言えば,せいぜいクイズ番組に出演したときぐらいのものだ。
 そうではなく,あくまで経営者・管理者の立場で,実用性・実践性を踏まえ,自社に応じた法律問題に関する“嗅覚”,“勘”(「リーガル・マインド」)を身につけるということが重要だ。

 

 そして,発生しがちなトラブルについては,マニュアル雛形の書式を意識的に集積しておくのもよい。難しく考える必要は全くない。
 あれこれと暗中模索しながら,自社なりのノウハウを修得・蓄積すること(OJT:オン・ザ・ジョブ・トレーニング)ができれば,最高だ。

 今一度,本書に掲載したお話を,遊び気分で読み直していただきながら,イメージ・トレーニングしていただければ幸いである。

  ●具体例その1ー“時効”の例(基本的テクニック)
  ●具体例その2ー“契約締結・交渉”の例(高度なテクニック)
  ●具体例その3ー“借地借家法”“定期借地権”を素材に(法律的手段のプランニングの基本的考え方)



弁護士 前田 尚一(まえだ しょういち)
前田尚一法律事務所 代表
北海道岩見沢市出身。北海道札幌北高等学校・北海道大学法学部卒。
さまざまな訴訟に取り組むとともに、顧問弁護士としては直接自分自身で常時30社を超える企業を担当しながら、弁護士として30年を超える経験、実績を積んできました。
交通事故、離婚、相続、債務整理・過払い金請求といった個人の法律問題に加え、労務・労働事件、クレーム対応、債権回収、契約書ほか企業法務全般も取り扱っています。



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