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「トランスジェンダー経産省職員へのトイレ使用制限、最高裁が違法判決」の意味合い - 札幌の弁護士|前田尚一法律事務所

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「トランスジェンダー経産省職員へのトイレ使用制限、最高裁が違法判決」の意味合い

 

1 トランスジェンダー経産省職員へのトイレ使用制限、最高裁が違法判決

《トランスジェンダー経産省職員へのトイレ使用制限、最高裁が違法判決》

 朝日新聞デジタルに掲載された、次の文章で始まる記事のタイトルです(2023711 1506分(2023711 1901分更新))。

 

 「戸籍上は男性だが女性として暮らすトランスジェンダーの経済産業省の職員が、省内での女性トイレの使用を不当に制限されたのは違法だと国を訴えた訴訟で、最高裁第三小法廷(今崎幸彦裁判長)は11日、この制限に問題はないとした人事院の判定を違法とする判決を言い渡した。」

 

 

 Web上で、新聞各社の記事見出しを拾ってみると、次のとおりです。

[日経電子版]

《性同一性障害職員の女性トイレ使用制限、最高裁認めず》

 

[読売新聞オンライン]

《経産省のトイレ使用制限は不当…最高裁、性同一性障害の職員の訴え認める判断》

 

[毎日新聞ニュースサイト]

《国のトイレ制限、認めず 性同一性障害の経産職員勝訴 最高裁判決》

 

[北海道新聞デジタル]

《トイレ制限認めず、国に違法判決 性同一性障害巡り最高裁が初判断》

 

 いずれのタイトルも一見明白で、第三者的立場で事件に関心を持っていた読者の方が短中には、「最高裁は、トランスジェンダー職員へのトイレ使用制限」を違法としたものと理解された方も多いかと思われます。

 

 まして、毎日新聞ニュースサイトのように、スポニチの配信記事を引用し、

《ひろゆき氏「宿直のシャワーや風呂も同じ判断に…」性同一性障害トイレ使用制限で最高裁「違法」》

というタイトルの記事まで掲載すると、最高裁が上記のように判断したと理解した読者の中で、問題について一定の個人的見解がある方は、ますます危機感を抱くことになるかもしれません。

 

 速報記事の後に、各社それぞれが、最高裁判決の具体的内容に踏み込んだ記事を掲載するとしても、読者は、多種多様な側面から論じられる関連記事の中に溺れ、全体としては、速報的記事の端的なタイトルでのイメージがそのまま一人歩きしていくことは否定できないでしょう。

 

 

2 最高裁の判断 

 この最高裁判決に示された法律的な判断は、次の説示部分だけです。

 

 「国家公務員法86条の規定による行政措置の要求に対する人事院の判定においては、広範にわたる職員の勤務条件について、一般国民及び関係者の公平並びに職員の能率の発揮及び増進という見地から、人事行政や職員の勤務等の実情に即した専門的な判断が求められるのであり(同法71条、87条)、その判断は人事院の裁量に委ねられているものと解される。したがって、上記判定は、裁量権の範囲を逸脱し又はこれを濫用したと認められる場合に違法となると解するのが相当である。」

 

 そして、この最高裁判決では、この判断の対象となる事実関係として、「血液中における男性ホルモンの量 が同年代の男性の基準値の下限を大きく下回っており、性衝動に基づく性暴力の可 能性が低いと判断される旨の医師の診断を受けていた。」といった医師の診断の内容などなど、原告のトランスジェンダー経産省職員に関わる具体的な個別事情がかなり詳しく述べられているのです。

 

 この最高裁判決で、5人の裁判官は、それぞれ「補足意見」を述べています(もっとも、林道晴裁判官の補足意見は、「裁判官林道晴は、裁判官渡 惠理子の補足意見に同調する。」とあるだけですが。)。

 補足意見とは、主文及び理由に賛成であるけれど、なお補足して意見を述べたい場合に付される個別意見です。
 ちなみに、個別意見は3種類あり、主文に反対の場合に付される場合の個別意見は、「反対意見」、主文に賛成であるが、理由を異にする場合に付される個別意見は「意見」と呼ばれます。

 5人とも主文及び理由に賛成なのに、5人とも補足意見を付したというのは、最高裁としては、それぞれの補足意見で述べられた内容までも、裁判官全員共有とする判断とはっきりさせることまではばかられたか、そこまでの補足部分の記載は共有されていないということになるでしょう。

 

 ともあれ、最高裁の判断は、具体的な事案として処理したものであり、一律に「最高裁は、トランスジェンダー職員へのトイレ使用制限」を違法とするとしたものでもなく、まして、「宿直のシャワーや風呂も同じ判断に…」ことがうかがわれる判断があるわけではありません。

 例えば、今崎幸彦裁判官の補足意見では、「なお、本判決は、トイレを含め、不特定又は多数の人々の使用が想定されている公共施設の使用の在り方について触れるものではない。」と述べられています。

 以上述べたあたりは、せっかくの機会でもありますので、ご自身で、最高裁判決を読まれてみるとよいかと思います。

 

「生物学的な性別が男性であり性同一性障害である旨の医師の診断を受けている一般職の国家公務員がした職場の女性トイレの使用に係る国家公務員法86条の規定による行政措置の要求を認められないとした人事院の判定が違法とされた事例」
最高裁令和5年7月11日第三小法廷判決

 

3 あなたが当事者である場合

 この投稿は、トランスジェンダーに関わる問題を論じようとするものではありません

 何にせよトラブル・紛争に巻き込まれると、判例・裁判例の簡潔な紹介文をそのまま理解し、自分の立場が有利不利であるかを勝手に決め込んだり、トラブル、判例・裁判例の示した基準って対応すれば、紛争に巻き込まれないで済むと短絡しがちであることを指摘しておきたかったのです。

 く、そのことを考える上で、「トイレ使用制限」問題を取りあげてみたのです。

 

 

 判例・裁判例の一般論はあくまで一般論であり、事件の処理は、各事案ごとに明らかにされた個別的な具体的事情に基づいて判断されます。

 加えて、主張立証された事実関係で判断されるので、当事者として認識している事実関係は、主張の立て方の巧拙で有為無為となりますし、主張する事実がどこまで立証された訴訟上の真実として扱ってもらえるかも即決できるものではありません。

 

 もしあなたが紛争を解決しなければならない場面、あるいは紛争を予防する方策をとらなければならない場面に直面されたら、いずれにしても、紹介された判例・裁判例を鵜呑みにせず、それはさておいて、まずは、あなたが置かれた状況を客観的にお伝えしながら、あなたにとって、どのような解決をするのが的確かを細心、慎重に検討することから始めなければなりません。

 

 

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弁護士 前田 尚一(まえだ しょういち)
前田尚一法律事務所 代表
北海道岩見沢市出身。北海道札幌北高等学校・北海道大学法学部卒。
さまざまな訴訟に取り組むとともに、顧問弁護士としては直接自分自身で常時30社を超える企業を担当しながら、弁護士として30年を超える経験、実績を積んできました。
交通事故、離婚、相続、債務整理・過払い金請求といった個人の法律問題に加え、労務・労働事件、クレーム対応、債権回収、契約書ほか企業法務全般も取り扱っています。



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